2005年度小学校のPTA会長を務めることになった4人の子持ち、職持ち主婦の記録


by chairpta

男と女。上と下。

学校と対峙することにより、こんなことも考えるようになった。

教育現場でジェンダーフリー教育が行われて久しい。
でも、教師すらそのほんとうの意味がわかっていないし、そもそもそれ自体に無理があるということは、今回の件で私がK長に物を言うのと、先日急に呼び出された際に、体調不良であることを伝えるのに昼休みの旦那に電話してもらい、それで物を言った時とでK長の言動が全く違うということでも明らかだ。
そもそも、この件の作戦会議の際、ある男性が、一般的に公務員の人は、同じ事を言われるのでも、女性と比べて男性、それも、ちょっとやくざ口調で言われると極端に弱い。とおっしゃっていた。それは、かつて、学校や役所と関わることが多かったうちの旦那が言っていたことと全く同じだった。そして、実際の結果もその通り。
別の件でも、結局それなりの立場の男性が動かれることになったようだ。
理由は、男が動くということは、女が既にやいやい言っているということだから。

私は別にそのことを嘆いているわけではない。
犬だって、スピッツがキャンキャン吠えているのと、シェパードがぐっと睨みをきかせつつ一声吠えるのとでは威圧感が全然違う。
人間社会だって、所詮動物と同じだ。
どんなに正論を言っていたとしても、ペンでなら勝てるかもしれない。でも、交渉の、対面しつつの現場では、やはり体の大きさ、声、口調・・・全ての印象が・・・

ん。ちょっと待てよ。
大きな人物なら、その辺の条件は超越して、等しく聴く耳を持つはず。
若い女の言うことと、年嵩の、凄みのある男の言うこととを区別するのは。
年下だから、店員だから、タクシーの運転手だから、何かようわからんけど自分より“下”だと思うからハナからゾンザイに対応するのは「無礼な」奴の特徴なんだ。
お上に無条件に従う奴は、下には無条件にゾンザイってか!

ジェンダーフリーは行過ぎると、同じなんだから大切にしなくていいという発想に行き着く。
夫のDVを体験したことのある私は、悔しいけど、男と女の圧倒的な物理的力の差を体感した。
これまで自分一人でやっていた自分のところのイベント会場の設営の際、旦那に手伝ってもらったら(彼が後述する時代の人だからかも。)その一度に運べる物の量の差に唖然とした。
彼は、若い頃、土木エンジニアとして天王山トンネルの工事に関わったことがある。その当時の現場で、セメント袋を運ぶ人夫は一度に120キロ分肩に担いでいたらしく、彼もそれを手伝うこともあったらしい。
女性が人夫を志願したとして、同じ仕事量がこなせるのか。足手まといにならないのか。

ジェンダーフリーの発想を超え(もちろん、一度通過することはとても大切!)、物理的な差は如何ともしがたい(オリンピックだって男女別に競うのだから。)ことは認めた上で、だから、どんな理由があれ、自分より弱いものに対して暴力は振るってはいけない!というような。外で肩肘張ってても、心は子供みたいなんだから、優しくケアしてあげなければ・・というような。男女、ジェンダーということを問わずに、違いと特性を認めて思いやるという教育。
そして、どんな人に対しても、礼をつくして接するという教育。
というのが、必要なのではないかなあ。

その過渡期における女の自衛策とは、いざとなったら効果的に凄める男を動かせる状態にしておくことなのかもしれない。
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by chairpta | 2005-07-01 11:06